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ハマムとケセトルコの浴場と垢すりの布

ハマムはトルコなどに伝わる蒸し風呂式の公衆浴場で、ケセはそこで体をこするときに手にはめる袋状の布です。オスマン帝国の浴場の造りと、婚礼前の「花嫁のハマム」などの習わしを紹介します。

トルコ(オスマン帝国)オスマン帝国時代〜入浴今も続いている

概要

ハマムは、トルコをはじめ、中東や北アフリカの各地に伝わる公衆浴場です。湯船につかるのではなく、大理石の部屋の熱と湯気で体を温め、湯をかぶって洗います。

ケセは、そのハマムで体をこするときに手にはめる、袋の形をした布です。トルコ語の「ケセ」は、もともと小さな袋を指す言葉です。トルコ語協会の辞典にも、「体を洗うとき、垢を落とすために手にはめる袋状の布」という意味が載っています。

ハマムで客の体を洗う係は、男性の浴場では「テッラク」、女性の浴場では「ナトゥル」と呼ばれます。

歴史

ハマムの造りは、古代ローマの浴場の流れをくむとされます。イスラーム世界では、礼拝の前に体を清めることが大切にされ、町のあちこちに浴場が建てられました。

オスマン帝国の都イスタンブールでは、多くのハマムが寄進財産(ワクフ)として建てられました。浴場の収入は、モスクや学校、病院などの運営に充てられたのです。

16世紀の建築家ミマール・スィナンが手がけた浴場は、今も残っています。1584年に完成したチェンベルリタシュ・ハマムもその一つです。1752年の記録では、ここで58人の男性の浴場係が働いていました。当時の市内で2番目に大きな浴場だったとされます。

ハマムは体を洗う場所であると同時に、人々が集まって話をする社交の場でもありました。女性たちは料理を持ち寄り、浴場で一日を過ごすこともあったと伝わります。

作り方・使い方

伝統的なハマムは、脱衣と休憩の部屋、ぬるい部屋、熱い部屋の順に並んでいます。客は「ペシュテマル」という平織りの布を体に巻いて、奥へ進みます。

熱い部屋の中央には、「ギョベク・タシュ(へその石)」と呼ばれる大理石の台があります。客はその上に横になり、しばらく体を温めます。それから、ケセで体をこすります。自分でこする人もいれば、浴場係に頼む人もいます。そのあと石けんの泡で洗い、器(タス)で湯をかけて流します。上がったら休憩の部屋で、お茶などを飲みながら過ごします。

ケセの素材はさまざまです。トルコ語の辞典は、絹の縮み織り(ビュリュムジュク)で作るものとしています。ヤギの毛や羊毛を織ったものもあります。

トルコ北部トカット県のレシャディエでは、羊毛を手織りして黒く染めたケセが作られています。この「レシャディエのハマム・ケセ」は、2023年にトルコの地理的表示に登録されました。

今の暮らしの中で

家に浴室が普及した今、ハマムに毎週通う人は少なくなりました。それでも、人生の節目には今もハマムが使われることがあります。

よく知られるのが「花嫁のハマム(ゲリン・ハマム)」です。結婚式の2日前ごろ、花嫁と両家の女性たちが料理を持ってハマムに集まり、歌や踊りを楽しみました。花嫁はヘナで手を染め、最後には花嫁の頭の上から硬貨がまかれたといいます。

このほか、出産から40日目に母親と赤ちゃんがハマムへ行く習わしもあります。兵役に出る前の若者のハマムや、祭日の前のハマムも、今に続く習わしとして挙げられます。

イスタンブールには、16世紀の浴場を修復して営業を続けているハマムがあります。多くは男女で入る場所や時間を分けています。

よくある誤解・豆知識

ハマムはトルコだけのものではありません。 シリアやチュニジア、モロッコなど、中東や北アフリカの各地に浴場の文化があります。

サウナとは少し違います。 乾いた熱ではなく、温かい石の台と湯気で体を温めるのが特徴です。

ケセは「財布」と同じ言葉です。 トルコ語の kese は小さな袋のことで、お金を入れる袋も同じ言葉で呼びます。

参考文献

最終更新:2026-10-11

このページは、世界の装いと美容の品を、歴史と文化として紹介するものです。医療上の効果や、美容上の効果を保証するものではありません。肌に合わないときは使用をやめ、気になることは医師や薬剤師に相談してください。民族や信仰にかかわる装いは、その意味を尊重して紹介しています。

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