エジプトの夢占いパピルスに残る夢の手引き
見た夢の内容を「良い夢」「悪い夢」に分けて意味を記した、古代エジプトの「夢の書」。紀元前13世紀ごろのパピルスに残る、世界最古級の夢占いの手引きです。
発祥:古代エジプト紀元前13世紀ごろ偶然のしるしを読む解説のみ
概要
古代エジプトの人々は、夢の中で神々や死者の世界とつながることがあると考えていました。そのため、夢に出てきたものには意味があり、読み解けば将来のしるしがわかると信じられていたのです。
その考え方を具体的に伝えるのが、「夢の書」と呼ばれるパピルス文書です。正式には「チェスター・ビーティー・パピルスIII」といい、ロンドンの大英博物館が所蔵しています。夢とその意味を一覧にした辞典です。まとまった形で残る夢占いの手引きとしては、世界でもっとも古いものの一つとされています。
由来と歴史
大英博物館は、このパピルスの年代を紀元前1220年ごろとしています。新王国時代の第19王朝、ラメセス2世の治世のころにあたります。文字は「ヒエラティック」で書かれています。ヒエラティックとは、ヒエログリフ(神聖文字)を速く書けるように崩した書体のことです。
同じころのメソポタミアでも、粘土板に夢とその意味を書き残した「夢の書」が作られました(メソポタミアの夢占い)。
ただし、中身の文章はもっと古いと考える研究者もいます。使われている言葉づかいから、中王国時代にまとめられた内容が写されたのではないか、という説です。
このパピルスは、テーベ(現在のルクソール)の西岸にあった職人の村、デイル・エル・メディーナに関わるものと考えられています。王墓を造る職人たちが暮らした村です。パピルスの裏面には、書記ケンヘルケプシェフが写したカデシュの戦いの詩と、宰相にあてた手紙の写しがあります。表面には、のちの持ち主たちの名前も書き足されています。家の蔵書として受け継がれていったのです。内容は1935年、エジプト学者アラン・ガーディナーによって翻訳・出版されました。
仕組み・書き方
夢の書は、表のような形で書かれています。各ページの上には「もし人が夢の中で自分を見たら」という決まった書き出しがあります。その下の各行に、夢の内容、「良い」か「悪い」かの判定、そしてその意味が並びます。
たとえば、ガーディナーの訳にもとづく紹介では、次のような項目が知られています。
- 窓から外を眺める夢は「良い」。神が祈りを聞き届けるしるし。
- 深い井戸をのぞきこむ夢は「悪い」。牢に入れられるしるし。
- 自分が死んでいる夢は「良い」。長生きするしるし。
翻訳によって細かな言い回しは異なります。また、巻物の始めと終わりは失われており、残っている項目は200ほどとされます。良い夢がまとめて先に書かれ、そのあとに悪い夢が続きます。「悪い」という言葉は、危険を連想させる赤いインクで書かれていました。
夢と意味の結びつけ方には、いくつかの型があります。似たものからの連想や、反対の意味に読む方法などです。エジプト語の響きが似た言葉を結びつける語呂合わせも、研究者によって指摘されています。
悪い夢を見たときに唱える、女神イシスに助けを求める呪文も書かれているとされます。悪い夢は「起こること」ではなく、手当てできるものとも考えられていたようです。
伝播・現代
夢を重んじる考え方は、エジプトの他の資料にも見られます。ギザの大スフィンクスの前足の間には、第18王朝のトトメス4世の「夢の碑」があります。王子だった彼がスフィンクスの夢を見て、砂を取り除けば王にしてやると告げられた、という話が刻まれています。
夢を読み解く文化は、メソポタミアにもありました。2世紀ごろには、ギリシャ語で書いたアルテミドロスが『夢判断の書』をまとめました。現代の心理学の夢分析とは考え方が違いますが、人が昔から夢に意味を求めてきたことがわかります。
よくある誤解・豆知識
夢の書は、古代エジプトの誰もが手に取れた本ではありません。読み書きができたのは、書記などごく一部の人でした。この巻物も書記の家の蔵書でした。
また、現代の本やウェブで「エジプト式の夢占い」として紹介される意味の一覧は、このパピルスの内容と同じとは限りません。当たり外れより、3000年以上前の人々の不安や願いを知る手がかりとして読むと、いっそう面白い資料です。
参考文献
- 大英博物館「Papyrus Chester Beatty III (EA10683)」 https://www.britishmuseum.org/collection/object/Y_EA10683-1
- Alan H. Gardiner, “Hieratic Papyri in the British Museum, Third Series: Chester Beatty Gift” (British Museum, 1935)
- Kasia Szpakowska, “Behind Closed Eyes: Dreams and Nightmares in Ancient Egypt” (Classical Press of Wales, 2003)
- A. Leo Oppenheim, “The Interpretation of Dreams in the Ancient Near East” (American Philosophical Society, 1956)
最終更新:2026-10-08