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オンドル韓国の床を暖める仕組み

かまどの火の熱を床下の煙の通り道に流し、部屋の床を暖める朝鮮半島の暖房です。高句麗の記録から、床に座り床で眠る暮らし、練炭の時代の事故、温水パイプに変わった今のアパートまで、オンドルの歴史と暮らしを紹介します。

韓国(朝鮮半島)初期鉄器時代の遺構〜暑さ・寒さ今も続いている

概要

オンドル(온돌)は、朝鮮半島で受け継がれてきた、床を暖める暖房の仕組みです。漢字では「温突」と書きます。台所のかまどなどの焚き口(アグンイ)で火を燃やし、その熱と煙を床下の通り道(コレ)に流して、上に敷いた平たい石(クドゥルジャン)を温めます。煙は家の外の煙突から出ていきます。

韓国民族文化大百科事典は、オンドルを床暖房を中心とする韓国の住まいの文化全体としてとらえています。オンドルが広まったことで、家の中で靴を脱ぎ、床に座ったり横になったりして暮らす形ができたと説明しています。

歴史

朝鮮半島の各地では、紀元前3世紀から紀元1世紀ごろと推定される、古い形のオンドルの遺構が見つかっています。事典によると、床下に煙の通り道を設けて煙突から煙を出す形は、初期鉄器時代に現れました。

中国の歴史書『旧唐書』は、高句麗の人々について「冬月皆作長坑、下燃煴火以取暖」と記しています。冬にはみな長い坑(床)を作り、その下で火を燃やして暖をとる、という意味です。

床全体に煙の通り道をめぐらせる形は、高麗の後期に完成したとされます。17世紀には、戦乱で壊れた建物を建て直すときや、厳しい寒さの続いた時期に、オンドルを設ける家が急に増えました。18世紀には、部屋を小さくしたり、窓を二重、三重にしたりして、暖かさを保つ工夫が重ねられました。

近代に入ると、燃料は薪から練炭(ヨンタン)、さらにガスや灯油、電気へと変わりました。練炭が広く使われた1960〜80年代には、床のすき間などから漏れた一酸化炭素で人が亡くなる事故が冬ごとに起き、多い年には1,000人をこえる死者が出たと報じられています。政府は1980年から、夜の放送で練炭ガスへの注意を呼びかけました。

住まいの風景

昔の家では、台所のかまどと、隣の部屋の床がつながっていました。朝や夕方にかまどで飯を炊くと、その火の熱が床下を通り、部屋が暖まります。焚き口に近い床は「アレンモク(아랫목)」、遠い床は「ウィンモク(윗목)」と呼ばれます。韓国の国語辞典は、ウィンモクを、火が届きにくくアレンモクより冷たい側と説明しています。

家の主婦が日々を過ごす「アンバン(안방)」は、食事をし、眠る部屋でもありました。男の主人の「サランバン(사랑방)」は、客を迎え、人と語り合う部屋でした。どちらの部屋でも、床に厚い敷物(ポリョ)を敷いて座り、ひじかけのクッションにもたれて過ごしました。夜は床に敷き布団(ヨ)を広げて眠り、朝にはたたんで片づけました。

夏は、床を板張りにした広間「テチョン(대청)」が過ごす場所になりました。ござを敷き、風の通る板の間で暑い季節を過ごします。冬はオンドルの部屋、夏は板の間と、季節で使う場所を変えていたのです。

今の暮らしの中で

今のアパートでは、床下に煙の通り道ではなく、温水のパイプを通すのが一般的です。焚き口のかまどはなくなり、台所は別に設けられるようになりました。新しいアパートでも、暖房はラジエーターではなく、床を暖める形が使われていると報じられています。

ベッドやソファも広まりましたが、泊まりに来た客には、今も床に敷き布団を広げることがあります。韓国の文化財庁(今の国家遺産庁)は2018年4月30日に「温突文化」を国家無形文化財に指定しました。特定の保持者や団体は認めず、オンドルの暮らしの文化そのものを対象にしています。

よくある誤解・豆知識

オンドルは「床暖房の設備」だけを指す言葉ではありません。 文化財に指定されたのは、床に座り、床で眠る暮らし方も含めた「温突文化」です。

満州式の床暖房とは区別されています。 文化財庁は、オンドルを満州式の床暖房とは違う、朝鮮半島の住まいの技術と暮らし方として説明しました。

「クドゥル(구들)」とも呼ばれます。 京郷新聞のコラムは、クドゥルが「温突」という漢字で書かれるようになったのは、朝鮮王朝の世宗の時代(15世紀)だと紹介しています。

参考文献

最終更新:2026-10-18

このページは、世界の住まいの習わしを、歴史と文化として紹介するものです。建築や設備についての助言ではありません。今も人が暮らす家や集落を訪ねるときは、住む人の暮らしを妨げないよう、現地の案内に従ってください。

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