手相手のひらの線を読む
手のひらの線や形から性格や運勢を読む占い。古代インドが起源とされ、中国やヨーロッパにも広まった歴史を紹介します。
発祥:インド(諸説あり)古代〜形や模様を読む解説のみ
概要
手相占いは、手のひらの線やふくらみ、手や指の形から、性格や運勢を読む占いです。日本の百科事典では、顔つきなどから人を判断する「観相(かんそう)」の一種と説明されています。道具がいらず、自分の手を見ればすぐ試せるため、世界中で親しまれてきました。
由来と歴史
インド起源説
手相はインドで生まれたという説が広く知られています。ただしブリタニカ百科事典は、起源ははっきりしないとしたうえで、インドで始まって各地に広まった可能性がある、と書いています。
インドには、体の特徴から人の性質や運命を読む「サームドリカ・シャーストラ」という伝統があります。手相はその一部です。6世紀の学者ヴァラーハミヒラがまとめた百科全書的な書物『ブリハット・サンヒター』にも、人相や手相を扱う章があります。
古代ギリシャ
古代ギリシャでも手を読む技術は発達しました。哲学者アリストテレスは『動物誌』で、長生きの人は手のひらを横切る線が1〜2本あり、短命の人はそれが端まで届かない、と書いています。ただしこれは観察の記録として書かれたもので、占いの手順を説いたものではありません。手のひらのふくらみを「金星丘」「木星丘」のように惑星(神々)の名前で呼ぶ習慣には、ギリシャ・ラテン由来の名残があるとされます。
ヨーロッパでの盛衰
中世のヨーロッパでは、手相は教会の教えに反するとして抑えられました。ルネサンス期に再び関心が高まり、17世紀には理屈で説明しようとする試みも出ましたが、啓蒙主義の時代にはまた下火になります。
19世紀に入ると、フランスのダルパンティニーが手の形で人を分類する説を唱えました。19世紀末には、アイルランド出身のキロ(Cheiro、本名ウィリアム・ジョン・ウォーナー、1866〜1936年)がロンドンで評判の手相家になります。名前は手相術を意味する英語「cheiromancy」から取ったものです。著名人を占ったという話は、主に本人の回想録に残るもので、すべてが確かめられているわけではありません。
中国と日本
中国でも古くから人相術の一部として手相が見られてきました。明の時代の書物『神相全編』は日本にも伝わったとされます。日本では江戸時代の終わりまで中国式の相術がさかえ、大正時代の初めごろからヨーロッパ式の手相が紹介されました。今の日本の手相は、この二つがまざったものです。
何を見るのか
主な線
よく知られるのは、親指のつけ根を囲む「生命線」、手のひらの中央を横切る「頭脳線(知能線)」、指のつけ根の下を通る「感情線」、手首から中指へ向かう「運命線」です。線の長さ、濃さ、切れ目、枝分かれなどを見ます。
丘と手の形
指のつけ根や手のひらのふちにあるふくらみを「丘」と呼び、その発達具合を読みます。手全体や指の形、爪のようすを見る流派もあります。
左右の手
昔は「男性は左手、女性は右手」とする決まりがありました。今は両手を見くらべる読み方が多くなっています。流派や占い師によって、読み方や解釈は大きく異なります。
科学との関係
ブリタニカ百科事典は、手の特徴に運命を予言する意味があるという考えには科学的な裏づけがない、と述べています。一方で、手には健康状態や仕事のくせが表れることがあり、医師も診察で手を見ます。これは占いとは別の話です。
豆知識
日本では、頭脳線と感情線が一本につながったように見える線を「ますかけ線」と呼び、珍しい手相として話題にされます。手相を気にしすぎず、自分の手をじっくり眺めるきっかけとして楽しむのがよいでしょう。インドの星の占いについてはインド占星術もご覧ください。
参考文献
- Encyclopaedia Britannica「palmistry」 https://www.britannica.com/topic/palmistry
- コトバンク「手相」 https://kotobank.jp/word/手相
- コトバンク「手相学」 https://kotobank.jp/word/手相学-100985
- Aristotle, “Historia Animalium”, translated by D’Arcy Wentworth Thompson (Clarendon Press, 1910)
最終更新:2026-10-08